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夢の空冷ポルシェ論。

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ポルシェが好きだ。いつからそうなのかは覚えてないけれど、僕はとってもポルシェが好きだ。中でも、空冷世代の911が好き。

 1963年にデビューしたポルシェ911は一風変わったスポーツカーである。エンジンは車体のいちばん後ろ(正しくは後輪の上)に載っかり、それはフラット6=水平対向という特殊な構造を持っている。互いに水平に向き合うシリンダー構造は低重心化に効き、だから重いエンジンを後ろに載っける(主に優れた居住性を求めてリヤエンジン、リヤ駆動=RRというレイアウトが採用された)には打ってつけの“策”だった。ボクサーが正面で打ち合うかのようなそのスタイルには激しいピストン運動で生じる振動を打ち消す作用もあって、何より「ヒューン!」と淀みなく高みに向かって回る感じが堪らない。機械としても恐ろしく緻密(だってドイツ製だもの)なそれは、何より明確な、そこに一本の筋の通ったソリッドな感触を乗り手に与えるのである。

 今まで仕事を通して空冷911には幾度も触れる機会があった。これはもうはっきりと自慢だけれど、73のカレラRSにだって、レストモッドのシンガー911にだって、それこそ究極の空冷たる993GT2(しかもEvo!)にだって乗ったことがある。RSといえば、964はヤバイくらい気持ちがよかった。深夜の東名を御殿場まで走らせてもらったときはマジで痺れた。秦野から先の高速ワインディング区間(通称、右ルート)を全開で駆けると、理想的な軽さと、あのRRならではの「グッ」と後ろから蹴りだされる圧倒的なトラクション性能の虜になった。

 クルマとの一体感———まさに、それ。“打てば響く”を文字通り具現化したような、それは上質なセックスにも等しい、いや、たぶんそれ以上の快感だった。と同時に、下手くそが調子こいて攻めすぎたらソッコーで“逝って”しまえるという、なんとも言えないギリギリの危うさも、そこにはあった。

 個人的には964のカレラ4に乗っていたことがある。27歳のとき、どうしても911が欲しくて背伸びをしまくって手に入れた。オークグリーンの外装にタン革の内装という英国のスポーツカーみたいな出で立ちのそれは、270万円の値札を下げていた。今や、“空冷”というだけで信じられないくらい法外な値札がぶら下がるのだから、その感覚からすればずいぶんと買い得感はあるけれど、それでも当時27歳の若造には十分に高い買い物だったことは確かだ。

 カレラ4は911初のフルタイム4駆モデルである。今では、“4駆の911”はターボも含めてひとつの“理想形=全天候型超高速ツアラー”として支持を得ているけれど、正直、964のそれはまだ“ずいぶんと未完成”の領域にあった。遊星ギアとセンターデフという構造は複雑で金こそ掛かっている(あの959から基本を受け継いでいる)ものの、何より故障が多く、直すのに金が掛かった。今ならデフとシャフトごと外せばいいんじゃね? となるのだろうけど、まだガキンチョで物事をまったく分かっていない当時のボクには、残念ながらそんな発想自体がなかった。当時でもカレラ2より幾分と安かったのは、ともあれカレラ4の人気がなかったことをよく表している。

 実際には走ってものすごく違和感があるものではなかったと思う。少なくともヘナチョコな腕前ではその違和感にさえ気づけなかった、というのが正解なのかも。夜な夜な走りに出かけ、あの何とも言えない芳醇な熱量を発する空冷フラット6の感触に酔いしれた。そのとき得たひとつの真理は、「空冷911はゆっくりクルージングしても気持ちいい」というものだった。独特な乾いたサウンドを背後に感じながら夜の帳を流す。空冷911には、死ぬ気で踏み抜く漢でなくても十分にその唯一無二の世界観で包み込んでくれる、それは奥底の深い懐があった。

 結局、カレラ4は1年半で手放した。維持費が掛かりすぎた。4駆の不具合に加えてO2センサーの不調もあって、カツカツで空冷911を手に入れた若造には、正直持ちこたえることができなかった。完調のコンディションで愛機を維持するには、それ相応の“余裕”が必要であることを、このとき思い知った。唯一の救いは、リセールがよかったこと。今から20年近く前でも空冷は価値の下がらない“優良銘柄”だったのである。

 その後、いろいろと乗り継いだ(なぜかV8に縁があった)けれど、再び空冷911に行くことはなかった。水冷は996のGT3を一時期真剣に考えたけれど、結局、そこにも縁がなかった。

 本気の空冷乗りとも多く出会った。日本でも海外でも、彼らは本当に空冷ポルシェを心から愛していた。まさに“パラノイア”、狂信的ともいうべき空冷愛がそこにあった。根がミーハーでムード派なボクにはそういう真っ直ぐなストイックさが、どこか面倒くさく映ることも正直あった。クルマなんて、もっと気楽に楽しめばいいのに、と。

 しかし、40を超えて、ボクの空冷911に対する想いは再び熱を帯びてきている。そう、クルマと向き合うという行為において、改めて真剣な想いが今さらながら芽生えてきたのである。

 もう10年の付き合いになるR107(メルセデス500SL)は最良の癒しを与えてくれる存在である。コイツとは、生涯添い遂げたいと真剣に思っている。でも、もし、もう1台持てるのならば、それは空冷911しかない。なんて贅沢な……と自分でも思う。しかし、時間を掛けてゆっくりと真っ直ぐに向き合うべき存在として、歳を重ねてある程度の物事が理解できてきた今、空冷911とはもう一度付き合ってみたいと、真に思うのである。

 すっかり値が吊り上ってしまった昨今の空冷911だが、運命的な出会いをボクは今も諦めずに待っている。狙いは、Gシリーズ(通称、ビッグバンパー)。ナローほどヴィンテージではなく、さりとて964や993ほど現代的でもない。

 もし良い出会いがあったら、適度なモディファイを加えたアウトロースタイルでコツコツと自分色に仕上げてみたい。幾つになっても“夢”を抱かせてくれる、空冷911とはまさに、そんな存在なのである。よし、頑張って働こう!

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この記事の執筆者

高田 興平

高田 興平

Ko-hey Takada

モーターヘッド編集長

高田 興平の記事一覧>>

1974年式の43歳。寅年。職業は編集者。ジャンルレスなモーターカルチャー誌「モーターヘッド」&コレクター向けのハイエンド・カーライフ誌「Gentleman Drivers」の編集長を兼務。他にもイベント関係などアレコレ手がける浮気性(?)。既婚。愛車は1982年式のメルセデス・ベンツ500SL。

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高田 興平Ko-hey Takada

モーターヘッド編集長

1974年式の43歳。寅年。職業は編集者。ジャンルレスなモーターカルチャー誌「モーターヘッド」&コレクター向けのハイエンド・カーライフ誌「Gentleman Drivers」の編集長を兼務。他にもイベント関係などアレコレ手がける浮気性(?)。既婚。愛車は1982年式のメルセデス・ベンツ500SL。

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