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締め切りとカスタム論

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「でさ、高田くん……、コラムまだ?」 ——鹿田パイセンからのやわらかな追い込み電話が今月もかかってきた。

 パイセンはいつだってやさしい。話はじめはもっぱらたわいのない世間ばなしから。で、「いやホンマ、高田くんのコラムは評判がええんやて。ホンマ最高、もう天才♡ 」とタイミングよく必ずボクを褒めちぎり(でも、どこがどう最高なのかを聞くとかなりの確率ではぐらかされる)つつ、最後の最後であくまでも、それはもうあくまでもやわらかに、追い込みをかけてくる。大人だ。鹿田パイセンは実に大人だ。さすがは“ナニワの人たらし”——である。気分よく人を乗せるのがめっぽううまい。

 しかし、である。ボクはもうかれこれ20年近くも編集者をやってきた、いわば心底締め切り慣れしたプロである。それこそサバを読ませたらまさに天才。本当のギリギリまでキーボードを叩かない。自分がやられたらもちろん「ざけんなよ」だけれど、ものづくり(原稿書くのも立派なものづくりと思ってます)において余裕はあくまで排除し、とことんまで自分を追い込んだ上で、最後の最後ですべてを絞り出すことを是として生きてきた。

 そう、平たく言えばクソ野郎なのである。こうやっていつも都合よく己をストイックに美化しながら、その実「明日できることは明日やろう」——という精神であらゆる局面においてノラリクラリとものごとを先送りにしながら、締め切りという名のタイトロープを(まわりにたいそうなご迷惑をかけつつ)渡り続けてきた。

 よほど運が良いのだろうか、これまでそのロープから落ちた(要は締め切りを落とした)ことは一度もないのだけれど、しかし心の中では「いつか事故る(締め切り落とす)ぞ……」と常にビビリながらも、結局は約束した期日を守れないダメダメな人生が今日もこうして続いている。

 お前のだらしない締め切り話なんてどうでもええねん!という声が聞こえてきそうではあるが、しかし、クルマのカスタムの世界においても“締め切り”の概念は重要だ。そう、それがものづくりのひとつである以上、しかもそこにお客さんが存在するとなればなおさら、締め切り=期日を守ることは重要となる。

 日本人は、中でも特にお金持ちは大抵がせっかちである。そう、彼らは待つことができない。「いつ?」「まだ?」「早くして!」が彼らの口癖なのだ。

 しかし、カスタムとは本来、時間のかかるものだ。

 ここで間違えてはいけないのは、日本人の多くが考えるカスタムは、そのほとんどがドレスアップであるということ。この意見に対してはもちろん異論も多々あるのだろうけれど、少なくともボクは、ただ取って付けただけのものはカスタムとは呼ばない。

 ここでカスタム大国アメリカの話を少ししたい。

 彼の地のカスタム文化の根本にあるのは“ホットロッド”の精神である。その語源には“熱いロードスター”や“熱いプッシュロッド”を短縮したなど諸説あるけれど、個人的には“熱い乗りモノ”が正解だと思っている。要は、作り手の熱い想いが奥底に込められた、それはオリジナル度の高いマシンということ。

 形や仕様が画一的だった1920年代中盤頃から30年代前半までのフォード・モデルTやAを主な素材にして、自分だけの速さを求めてエンジンパフォーマンスをアップさせ、空気抵抗となるフェンダーを潔く取っぱらい、さらには背高のルーフもチョップ。要は速さを求めて徹底して無駄を省くレーシングカー作りに近い発想だけれど、ここで大切なのは、それがあくまで個人のための“趣味世界=ホビー”に根付いたものだったということだろう。

 西カリフォルニアのドライレイク(干上がった湖)でのスピードトライアルや、古き良き時代のストリートレース(ドラッグレース)に向けたカスタムが主流となり、基本は普通の人々が、自宅のガレージなどで週末にコツコツと改造=カスタムを楽しんだ。

 そして世界大戦後にはそれがさらに全米中に飛び火して、ひとつのビジネスとしても大きく発展を遂げていく——しかし、ビジネスであってもあくまで根本はホビー。大切なのは何よりも“個性”であって、それを作り出すためにはいくら時間がかかっても文句はないし労苦も厭わない——そんな価値観が、アメリカのカスタム文化にはこれまで長く、そして深く根付いてきたのである。

 現代のトップビルダー(例えばリングブラザーズやトロイ・トレペイナ)たちは、ホットロッド(ちなみに現代はホットロッドと言っても、プロツーリングやレストモッドなどその先の進化系カテゴリーも多数含まれる)を1台仕上げるだけで億に近い対価を得ることで知られるが、それでも彼らは基本、田舎暮らし。製作する場所も決して大きく立派なものではなく、自分たちビルダーの居場所が、あくまで“ガレージ”の延長であることにコダワリ続けているのが面白い。

 アメリカのビルダーは基本、レイバーレート(労働時間賃金)で仕事を請け負う。だから時間がかかった分だけ、カスタムを頼んだ人間が支払うコストも高くなる。もちろん、おおよその目安は事前に話し合われはするのだけれど、正直、大抵が最終的には大きく膨らむ。さらには製作中にビルダーから新しいアイデアが出され、基本からカスタムをやり直し時間もコストもさらに増す、なんてことはザラで、かの伝説的なビルダーであるボイド・カディントンなどは、「食事をしてる時間も俺は君のカスタムの構想を練っている」と宣い、その分の費用も請求し続けたなんて逸話まである。

 そう、彼の地ではカスタムが仕上がるのを“待ち”、そこに“コスト”をどれだけ支払えるかが、ひとつのステイタスとなっているのだ。

 もちろん時間をかければ良いわけではなく、コストだって抑えて良いものを提供するのが真のプロフェッショナルだという声があるのも理解できる。しかし、小さなことに囚われず、時間もコストも惜しみなく存分にかけて、世界にただひとつの、まさに“作品”と呼ぶべきマシンを作り上げる——ホットロッドに象徴されるカスタムが彼の地で今も究極のホビーとして崇められる理由は、そんな熱いものづくりの精神がそこに貫かれているからなのだと思う。

 さて、締め切りを守れず、ただただそれに追われる日々の三文編集者としては、こんな究極の余裕に満ちた“ものづくり”の在り方にサイコーに憧れつつも、今日もこうして海外出張中の真夜中のホテルで独り、妥協まみれのコラムを書き殴るのだった。

 というわけで鹿田パイセン! せっかくのウェブコラムなんだから月毎の締め切りなんてなくして、いっそ気の向いたときにアップする趣味的スタイルに変えません? もうね、そしたら目一杯時間をかけて、最高に熱い1本を仕上げるので……なんて、無理だよねえ~

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この記事の執筆者

高田 興平

高田 興平

Ko-hey Takada

モーターヘッド編集長

高田 興平の記事一覧>>

1974年式の43歳。寅年。職業は編集者。ジャンルレスなモーターカルチャー誌「モーターヘッド」&コレクター向けのハイエンド・カーライフ誌「Gentleman Drivers」の編集長を兼務。他にもイベント関係などアレコレ手がける浮気性(?)。既婚。愛車は1982年式のメルセデス・ベンツ500SL。

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高田 興平Ko-hey Takada

モーターヘッド編集長

1974年式の43歳。寅年。職業は編集者。ジャンルレスなモーターカルチャー誌「モーターヘッド」&コレクター向けのハイエンド・カーライフ誌「Gentleman Drivers」の編集長を兼務。他にもイベント関係などアレコレ手がける浮気性(?)。既婚。愛車は1982年式のメルセデス・ベンツ500SL。

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